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予備校講師と乗り越えた医学部受験 医師を目指す強い想いが浪人生活に終止符を打つ

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帝京大学2年生 F.Sさん
3浪を経て合格

浪人生活が長くなるにつれ、諦めという文字も見え隠れし始める医学部受験。今回の「合格ストーリー」では、3浪を経験した後に帝京大学への合格を果たしたF.Sさんの体験談をご紹介します。「現役時代のツケが回ってきた」と話すF.Sさんは、ほぼゼロの状態から医学部受験への挑戦をスタートさせました。彼が医学部受験を断念することなく、勉強を続けられた裏にはどんな出来事があったのでしょうか?

医学部を目指したきっかけはなんでしたか?

高校3年生の6月に母が大腸がんで入院したのですが、そこで出会った執刀医の先生がきっかけです。先の見えない不安に駆られていた私たち家族を安心させるような頼もしい姿がとても強く印象に残っていて、私もこうなりたいと医師を志すようになりました。私の通っていた高校は中高一貫校で、高校受験の際に勉強が必要なかったせいか、高校時代はガリガリと勉強をするわけではなかったですし、それまでは進路を明確に決めてもいなかったんです。おまけに、医学部を目指すようになったのは夏のことだったので、本格的に勉強を始めたのは浪人してからです。


現役時代は医学部も受験しましたか?

そのときはまだまだ受かるレベルではないと思っていたので、浪人が覚悟できた状態での受験でした。ただ、現状を知るためにも、帝京大学や杏林大学などの数校を受けました。センター併願で他の理系の学部にも出して、受かってはいたのですが、医学部を目指していたのでパスしました。難しい判断でしたし、家族とも相談したことを覚えています。浪人してからは医学部以外の学部は受けていません。

予備校には通っていたのでしょうか?

浪人後から四谷学院に通い始めました。集団での授業なので自習は個々でやる必要があるのですが、どこを自習すればいいのか判断ができず、授業のない空いた時間に勉強を詰め込むことができませんでした。

2浪目からはメディカルラボに入学しました。父親の知り合いの息子さんが、高校3年生まで勉強をしていなかった状態でメディカルラボに通って、1年で医学部合格を果たしたと聞き、それなら私も合格できるかもしれない、と思ったんです。個別授業では自分のできない部分が洗い出されて誤魔化しが効かないので、苦手科目を克服することができました。基礎からやりたかったので、私の場合は個別指導の方が合っていたのかもしれません。

予備校に通うようになってからは、予備校の選んだ参考書を使って勉強していました。浪人3年目頃から変わったことと言えば、1度解き終えた参考書を何度も解くようになったことです。授業では過去問や新しい問題を解きますが、自習中は何周も同じ参考書を使うことで、解ける問題と解けない問題を自覚して理解を深め、問題を解くスピードを上げられるようにしました。

浪人時代の成績の伸びはどうでしたか?

浪人直後は偏差値40前後で、模試も全然解けませんでしたが、最終的に65くらいまで上がりました。元が低いと最初の方は特に伸びやすいですよね。浪人2年目の秋くらいの時期に、それまで一気に伸びたブーストが止まり、伸び悩みを経験しました。原因を1つずつ採点しながら整理していくと、想像以上に小さいミスなどが多いことに気が付きました。まだまだ偏差値が足りていないんじゃないかと思っていた頃なのでとても焦りましたし、60を超えるまでは本当に大変でした。とにかく勉強するしかないと耐えた時期でしたね。

浪人後はどのような基準で大学を選びましたか?

浪人してすぐは明確な志望校はなかったです。レベルが高過ぎる大学や、現役だけ取る大学は避けて、その時点の学力に合った私立大学をピックアップしていました。浪人3年目は、過去問を解きながら「ここなら行けそう」という大学があったので、メディカルラボのスタッフに相談しながら決めていきました。私の住んでいる東京からなら関東圏内の方が通いやすいですが、いざとなれば一人暮らしや寮生活をしてでも飛んでいくつもりで、岩手医科大学、愛知医科大学や金沢医科大学も受験しましたね。関東圏内では、帝京大学、杏林大学、東京医科大学、埼玉医科大学を受験しました。

浪人1年目は手応えが全くなく、とにかく「あぁだめだったな」という気持ちでした。2年目も「合格したとしてもギリギリかな」という程度で、どちらも手応えは悪く、すっきりしないまま終わりました。

各科目にはどの程度時間を割きましたか?

得意の生物は、3年間を通してあまり時間を割きませんでした。中学までは英語も得意な方だったのですが、気が付けば苦手になっていたので、再び得意科目へと押し上げることにしました。浪人3年目くらいから「受験において英語が強みになるのでは」と思い、英語と生物で点数を稼ぐ狙うようになったんです。一番時間をかけたのは苦手科目だった数学です。
医学部専門予備校に通うようになったことで自分の得意科目と苦手科目が明確化され、医学部の入試に合わせた勉強方法に変更しました。

入試はどの大学も同じような科目ですが、帝京大学だけは、英語が必修でそれ以外の科目は選択式でした。医学部受験では珍しい国語で受けることもできますし、理科を片方だけ選択してもう1つは数学を選択するなど、自分にとって有利な科目を選ぶことができるんです。私の場合は数学を選ばなかったので強気で挑めましたね。

医学部受験に対して弱気になったことはありますか?

同じく浪人を重ねている人たちとは悩みを共有できたのですが、メディカルラボに一緒に入った友達が先に合格したときは辛かったです。また1、2浪目は浪人仲間の中にも同じ高校の友達がいましたが、やはりその数もだんだん減っていくので、周りが合格していく様子を見るのは精神的にきつかったですね。

ですが、父が医師で、自分もなりたいという気持ちが強かったので、医学部を諦めて他の学部に行くという考えはなかったです。


浪人中の気分転換にはどんなことをしていましたか?

朝から夜まで予備校にいるのでリラックスする時間は極めて少なかったですが、時間がないなりに作っていました。模試や試験で普段行かない土地に行ったときは食べ歩きを楽しんだり、友人に連絡を取って日曜に遊んだりしました。完全に勉強をしていないと月曜日が辛かったりもするんですが、友達と会うことは心の支えになりましたね。

受験生活の中で、家族や周囲のサポートなどはありましたか?

浪人が決まったときや受験に失敗したとき、上がった成績を見た家族が「こんなに伸びたんだから次は大丈夫」と励ましてくれました。医学部入試を受けに行く前日に、予備校のスタッフさんや先生が書いてくれたメッセージカードを渡されたときは、涙が出るほど嬉しかったです。今も大切に持っています。

最後に、受験生にアドバイスをお願いします。

模試や入試の結果が振るわないときは、そこで諦めるのではなく、だめだったからこそ初めから勉強し直そうという勢いで、気を紛らわすように勉強して欲しいですね。自分の経験から言えるのはこれが全てです。

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