合格ストーリー 合格ストーリー

合格ストーリー

自分に必要な環境と勉強法を選択し続けた2年間の浪人生活

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奈良県立医科大学5年生 M.Kさん
2浪の末推薦合格

どうして、自分は医学部を目指すのか。受験生活の不安とどのように向き合うのか。見事、合格を勝ち取った現役医大生に、医学部への思いや不安との向き合い方を聞き、合格までの軌跡を辿る連載シリーズ「合格ストーリー」。今回お話を伺ったのは、2浪の末に、奈良県立医科大学の医学部に合格されたM.Kさん。「自分と向き合うことが大切」と断言するMさんに、どのように自分と向き合い、それをどう受験に活かしてきたのか、お話を聞いてきました!

Mさんが医学部を目指したきっかけは何だったんですか?

小学校5年生の時に自由研究で国境なき医師団について調べたんです。当時の自由研究のテーマが「ある職業について詳しく調べてくる」というものでした。医者について調べるのは決めていたのですが、どうせ調べるならユニークなものにしようと思い、国境なき医師団を選んだんですけど、いざ詳しく知っていったらとても新鮮でカッコよかったんです。そのタイミングから目指し始めましたね。

医学部を見据えた受験勉強はいつか始めたんですか?

小学校の時に抱いた医者になるという夢は、漠然としたものでした。中高はずっと部活でバスケットボールに夢中で、実際に受験勉強を始めたのは高校3年生の夏、部活を引退した後だったと思います。まともに勉強もしてなかったので、受験勉強を始めて最初に受けたセンター模試は5割しか取れませんでした(笑)。そこから勉強頑張って、最終的に7割5分くらいまで伸ばしたんですけど、医学部には届かなかったですね。

現役の受験では、どこを受けたんですか?

信州大学の医学部を受けました。センター試験の割合がとても高かったんです。現役の時の受験勉強はセンター試験対策が中心だったので、志望校に選びました。でも結局点数は届かず、「そんなに甘くはいかないな」と痛感したのを覚えています。

特に数学の2次試験が悲惨で、記述問題が全く解けなかったんです。マーク式の問題ばかり解いていて、毎回8割程度は取れていたんですけど、記述となると歯が立たなくて。そのまま浪人に突入しました。


予備校はどこに入りましたか?

大阪のなんばにある四谷学院の個別指導プログラムに入りました。他の大手予備校と比べて生徒数が少ないので、たまに受けていた集団授業も少人数制で、先生にいつでもわからないところを聞けましたし、いい環境だったと思います。

どのような勉強をされていたんですか?

まずは数学の記述対策に取り掛かりました。初歩から始めて、いろんなレベルの問題集を解き進め、とにかく量をこなしました。やっていくにつれどんどん記述問題を解けるようになり、最終的には苦手意識は全く消えましたね。現役時はセンター試験対策しかしておらず、全く記述の勉強をしていなかったので、点が取れなかったんです。元々数学自体そこまで苦手ではなかったので、順調に成績は上がりました。

それ以外の科目も、初歩から丁寧に一年かけて勉強していき、受験直前には得意の化学と英語は偏差値70程度までは取れるようになっていました。ただ、数学の記述は少し間に合わず、偏差値60前後と医学部を受けるには少し物足りないとこまでしか伸ばせませんでした。

どの大学を受けたんですか?

奈良県立大学を推薦で受けたのと、他は大阪医科大学、自治医科大学、大分大学医学部、関西医科大学ですかね。合格したのは関西医科大学だけでした。他は全部落ちてしまい…。特にが、第一志望だった国公立の大分大学の医学部は、合格点まで3点足りなかったらしく、かなりショックを受けました。

唯一合格した関西医科大学は、親に「私立行くくらいなら、あと1年粘って国公立を目指してみないか」と言われ、たしかに学費も高いし、自分としても国公立に行きたい、そして来年は合格できるんじゃないかという自信があったので、あと1年受験勉強を続けることにしました。

2浪目も四谷学院に通われたんですか?

いえ、思い切って環境を変えました。1浪目で医学部まであと少しというレベルまで学力を上げることはできたんですが、同じように1年やってまた伸びる保証もないと考えたんです。正直1浪目は、予備校がなんばにあったので、少し遊んでしまったということもあり、2浪目はもっとストイックな環境に身を置こうと思いました。関西を出て九州に向かい、厳しい全寮制で有名な北九州予備校に入ったんです。

どのような予備校なんですか?

授業が終わった後は、どこか外食する暇もなく、門限を守って帰寮し、自習に励みます。とにかく勉強量がすごく、先生もめちゃくちゃ厳しかったです。授業の欠席も許されず、1浪目の比較的自由に過ごせた生活とは真逆でした。でも逆にここまで管理してくれるところのほうが、自分には合っていたと思います。

厳しい環境だったんですね。2浪目の勉強について教えてください。

1浪目はとにかくがむしゃらに量をこなすことで学力を上げました。しかし振り返ると、苦手や弱点に向き合うということを疎かにしていた気がしたんです。無意識だけども、わからないところは飛ばしてしまっていたりして。特に数学の記述と物理は、根本的に何かを変えないと思っていました。

やった勉強としては、教科書の応用問題をまず解き、違う問題集で同じ単元問題を解くんです。ここは解けるのに、ここは解けない、その違いは何なのかというところをひたすら探求しました。そうすることで、今まで見えていなかった自分の弱点を新たに発見し、そこを重点的に勉強しました。数学も物理も、この勉強方法を1年間続けたらものすごく点数が伸びました。2年間ずっと苦しんできた数学の記述問題が、いつのまにか得点源になっていたんです。


国公立志望だとセンター試験で文系科目が必要になってくると思うんですけど、文系科目はどう対策したんですか?

社会は日本史選択だったんですけど、現役の時からずっと得意だったんです。現役のセンターから9割近く取れていて、息抜きに問題を解く程度だったと思います。特に苦労はしませんでした。英語も同様に、1浪目でだいぶ伸ばしたので、そこまで勉強に時間をかけませんでした。

ただ、国語は毎年僕を苦しめてきました。現役時は6割しか取れず、1浪目はそれよりもさらに下がり5割程度でした。これはあくまで僕の考えなんですが、国語の勉強って再現性が低い気がしていたんです。ある模試で8割近く取れても、次の模試では5割だったということが何回かありました。勉強しても報われにくいし、伸ばしやすい理系科目とは性質が違うと思っていました。

そこで、開き直ることにしたんです。他の科目で満点を目指して、国語はもう勉強しないことにしました(笑)。もちろん、どんな問題か思い出す程度にセンター試験の過去問を数年分解くくらいはしたんですけど、それ以外はほとんど勉強しませんでした。驚くことに、このスタンスが良かったのか、センター試験本番は178点取れたんです!(笑)。9割近く取ったのは初めてでした。案外肩に力を入れすぎないほうがいいんだなと思いました。できないものはできないと割り切るほうが、受験は楽なのかもしれません。この国語の話は、人には絶対勧めませんけど、僕にとっては合っていました。

2浪目の志望校はどこでしたか?

北海道大学の医学部を目指していました。目指すからには旧帝大に行きたかったし、北海道大学はキャンパスが広く、自由なイメージを持っていたんです。模試ではずっとB判定くらいでした。ただ、その前に奈良県立医科大学の推薦に合格してしまって。推薦で受けると他の大学は受けられないので、そこで僕の受験は終わりました。正直、今でも少し後悔はしています(笑)。北海道大学に一度挑戦してみたかったですね。でも奈良は地元で好きな場所でもあるので、今の大学でも十分満足はしています。

良かったですね! 最後に受験生に向けてメッセージをお願いします。

一人ひとり、向いている受験スタイルは違います。周りの情報に惑わされず、しっかり自分と向き合って、自分に合ったスタイルを確立してください。また、自分の弱みをスルーしないように。僕は2浪目で始めて自分の弱みと向き合って、徹底的に対策をして、合格しました。嫌がらずに、自分の弱いところと向き合ってください!

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