合格ストーリー 合格ストーリー

合格ストーリー

“機械のように”自分を厳しく律し、ペースを決して崩さない勉強法

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滋賀医科大学医学部5年生 K.Nさん
1浪で一般合格

どうして、自分は医学部を目指すのか。受験生活の不安とどのように向き合うのか。見事、合格を勝ち取った現役医大生に、医学部への思いや不安との向き合い方を聞き、合格までの軌跡を辿る連載シリーズ「合格ストーリー」。今回お話を伺ったのは、1浪の末に滋賀医科大学の医学部に合格されたK.Nさんです。東北大震災をきっかけに医者を志すも、現役受験に失敗してしまったKさん。浪人の1年でいかに苦手を克服し、得意を伸ばしてきたのか、詳しいお話を聞かせてもらいました!

医者を目指したきっかけを教えてもらえますか?

中学校3年生の時に、東日本大震災が起こりました。その時は「遠い場所で起こった大変なこと」といったイメージしか持っていなかったんですけど、高校に進学して生徒会に入ったタイミングで、県の教育委員会からからボランティアの要請があったんです。直感的に「行ってみたい」と思い、陸前高田市に復興支援に行きました。震災から5ヶ月も経ったのに、全然復興が進んでなかったんです。道路もボコボコで家も壊れたままで。ボランティアに出来ることは、泥の除去や探し物の活動くらいでした。住民の方と話した時に感謝はされたんですけど、よくよく考えたら「この人たちが悲しんでいるのは、家に泥が溢れているからでもなく、物を無くしたからでもなく、家族や友人など大切な人を失ったからだ」と気づき、自分の無力さを感じました。同時に、人の命といった次元で勝負できるのは医者しかないと考え、その時から目指し始めましたね。

強烈な原体験ですね。医学部受験を目指した勉強を始めたのはいつですか?

中学から高校まで部活で陸上をやっていたんです。部活と生徒会活動で忙しく、なかなか受験勉強には着手できていませんでした。部活を引退した高校2年生の終わりのタイミングで勉強を始めましたね。それまで宿題すらまともにやらない生徒だったので、まずはそこから始めました(笑)。自主的な勉強を当時全くしておらず、やり始めたのは高校3年生でした。

現役時代の受験生活について教えてください。

起きてまず家で1時間勉強して、学校に着いて1時間、授業が18時に終わってそこから家に帰って1時間勉強していました。高校が進学校で、学校の授業がかなり手厚かったので、塾には行っていなかったです。

現役は神戸大学の医学部を受験しました。偏差値は足りていて、センター試験で少し失敗したんですけど、2次試験で十分挽回可能だったんです。ただ、本番の数学で確率の問題で計算ミスをしてしまって…。回答用紙が回収したタイミングでその間違いに気づき絶望しましたね(笑)。後から得点開示をした時に、そこで落とした点数と合格点までの不足点数がほぼ同じでした。あのミスがなかったら合格できたかもしれない、と考えるとかなり落ち込みましたね。ただギリギリで合格するくらいなら、あと1年本気で勉強して賢くなってから医学部に進学しようと気合いを入れ直しました。


浪人の予備校はどちらを選んだんですか?

天王寺の河合塾に通うことにしました。浪人はやっぱり学校もないので、勉強時間が圧倒的に増えましたね。機械のようにといったら語弊があるかもしれませんが、毎日同じペースをこなし、自分に厳しく1年間やり通すことができました。成績も最初の1ヶ月を除いて、順調に上がって行きました。

最初の1ヶ月のお話を聞かせてください。

最初の1ヶ月、浪人スタートで気合いを入れ直し、本腰を入れて勉強したんです。その割に5月の模試の点数が良くなくて、かなり落ち込みました。ただその時に、河合塾で仲良かった多浪生のクラスメイトが、自分の過去の受験の話などを交えて慰めてくれたんです。それで元気が出て、また頑張り始めました。

いいエピソードですね。当時の苦手科目は何だったんですか?

理系科目が苦手でした。特に理科のほうが圧倒的に苦手でした!数学はその日に触れた問題をもう一度解くということを必ずやるようにしました。復習を欠かさずやることで、解いた問題一つひとつを自分のものにする感覚で勉強をし続けたら、最後の全統模試では偏差値が80を超えるまで学力が伸びたんです。でも応用問題となると、点数は下がったんで、少しだけ他の受験生よりも有利、程度に落ち着いた感じです。

偏差値80はすごい…。その他印象に残っている科目はありますか?

国語と英語は元々得意だったんですけど、点数を伸ばすために勉強は工夫しました。

まず国語ですが、他に比べて現代文がまだ伸びしろがあったので、私立大学の過去問を解いていました。関関同立やMARCHの赤本の中から現代文を解くんです。ただ、全部解いていたら時間が足りなくなるので、最後の内容一致の問題だけをひたすらこなしていました。センター試験の内容一致の問題は5つの選択肢のうちから2つを選ぶ形式なんですけど、私立大学は5つの選択肢の正誤をそれぞれ答えるというものが多いんです。つまり私立の内容一致の問題が解けるということは、本文の意味を理解できているということ。これをひたすらやることで、文章を読む経験も稼げて、問題の勘が研ぎ澄まされた気がします。

英語は、英作文だけが伸び悩みました。予備校の先生に勧められた「ドラゴンイングリッシュ」という基本例文集の音源CDをひたすら聞いていましたね。電車で移動している時や、数学の問題を解いている時もです。「意識外にあってもとにかく耳に流し込むのが大事」と先生に言われていました。先生の言葉を信じて、5月1日から2月末の2次試験の前日までの10ヶ月間、毎日ドラゴンイングリッシュの音源を2時間聞いていました。すると、面白いように英作文が書けるようになったんです。浪人終盤の阪大オープンの英作文の問題で、60点中59点をとって、大きな成長を実感しましたね。


そんなに伸びたんですね。志望校はどのように選ばれたんですか?

ずっと京都大学の医学部を目指していたんですけど、秋の京大オープンの結果を考慮した時に、予備校の先生に合格できる可能性は半々と言われました。浪人なので冒険はしたくなくて、新たに志望校を考え直すことにしたんです。その時の条件が4つ。

・近畿圏で家から通える
・医学部陸上部がある
・津波が来ないところ
・トイレが綺麗

特に最後が一番僕にとって大事でした(笑)。僕はかなりの綺麗好きで、センター試験の会場だったある大学のトイレが汚くて、最初に志望校候補から外しましたよ(笑)。この4つを満たすのが滋賀医科大学くらいしかなかったので、そこに決めました。

すごいこだわりですね(笑)。合格を知った瞬間は覚えていますか?

はい、鮮明に覚えています。先に合格を決めていた予備校の友達が、発表の1時間前から「あと○分」というように、毎分カウントダウンをLINEグループでしていたんです(笑)。そして発表の時間に、サイトにアクセスしたらサーバーがダウンして見れなくて。その時に父親が会社のいいパソコンで先に結果を見て、結局電話で合格を知りました。正直センター試験も2次試験も手応えがかなりあったので、絶対受かるとは思ってはいたのですが、いざ実際に合格するとかなり安心しましたね。

最後に受験生へのメッセージをお願いします。

冒頭で「機械のように」という言葉を使いましたが、ペースを落とさず毎日淡々と勉強を続けてください。あと、「たまには」という言葉は人を弱くします。例外を作らず、毎日勉強に励んでほしいです。あと友達の存在はやはり大きいと思うので、一緒に戦う仲間を作ってください。応援しています!

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