合格ストーリー 合格ストーリー

合格ストーリー

苦難に負けず、諦めずに駆け抜けた4年間の浪人生活

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近畿大学3年生 M.Hさん
4浪で一般合格

どうして、自分は医学部を目指すのか。受験生活の不安とどのように向き合うのか。見事、合格を勝ち取った現役医大生に、医学部への思いや不安との向き合い方を聞き、合格までの軌跡を辿る連載シリーズ「合格ストーリー」。今回お話を伺ったのは、4浪の末に近畿大学の医学部に合格されたM.Hさん。途中医学部への道を諦めかけたり、スランプに陥ったりと苦難の多い4年間を過ごしてきたMさん。4年間どんなことを考え、どんな努力をしてきたのか詳しくお聞きしてきました。

医者になったきっかけを教えてください。

父親が脳外科の医者をやっていて、幼少期から家に帰ってこないくらいハードワークをしているのを見て、漠然と「すごい職業なんだな」と思っていました。家でゆっくりしているのは、お盆と正月くらいでしたね。中学受験タイミングで進路を考える機会があって、その時に父親と同じ仕事をしてみたいと思ったんです。

受験勉強を開始したのはいつですか?

中高一貫の私立に合格したのはいいんですが、本格的に受験勉強を始めたのは高校2年生の時でした。それまでは部活のラグビーに一生懸命でしたね。中学で始めて、同じタイミングで塾にも通い始めたのですが、結局塾も続かないくらい部活に打ち込んでいました。

高校からもう一度同じ塾に通い始めたのですが、やっぱり両立が難しくて、学校の成績もかなり低く、結局高校2年生になったタイミングで親にラグビーを辞めさせられました(笑)。そこからは受験にフルコミットするようになり、塾も週に5回通うようになりましたね。でも結局現役は落ちてしまい、結局医学部に合格するまで4年もかかってしまいました…。

4年浪人されたんですね。成績の伸びが一番良かったのはやはり4年目ですか?

急に伸びた年はなかったですね。時間をゆっくりかけて少しずつできることを積み上げていった感覚です。2浪目まではなかなか上手くいかないことが多く、心が折れかけていたんですが、当時の志望校の合格点まであと3点というところまで学力が伸びていたんです。その時に、「意外と学力は伸びているんだな」と初めて実感したのを覚えています。合格はできなかったので、だいぶ落ち込みはしたんですけどね(笑)。

コツコツ勉強されていたんですね。予備校はどこに通われましたか?

本当にコツコツという感じでした。特に最初の2年は、基礎学力を鍛えるために同じ問題集を何周も解いていましたね。苦手な物理の問題集「名門の森」はおそらく6周くらい解いた気がします。終わった頃にはもうボロボロになっていました。

予備校は1,2浪目が駿台予備校で、3,4浪目が個別指導のメディカルラボでした。2浪目の秋にメディカルラボの模試を受けたんです。その模試の後に弱点克服のための面談を組んでもらって、そこから受講を始めました。本格的に通い始めたのが3年目に入ったタイミングでしたね。


メディカルラボでの浪人生活について教えてもらえますか?

毎日9時から21時まで利用していました。個別指導なので、スケジュールも僕の学力に合わせて変動するので、毎日授業の時間が決まってはいなかったですね。少し授業形態が変わっていて、授業・自習・授業で1コマ扱いで、最大で朝と昼と晩で3コマ入れることができるといった仕組みでした。

先生には鍛えられましたね。「詰めが甘い」とずっと言われていました。4浪目の夏まで言われていた気がします(笑)。自覚はあったので、何も反論できなかったんですけど、悔しかったです。でも何度も言ってもらえたので、徐々に意識は強くなって、ミスも減っていった気がします。あそこまで言ってもらえたのは、今考えたらとてもありがたかったです。

4年間の浪人生活で途中で諦めそうになった時はありましたか?

何度もありましたよ。3浪目に保険で受けた歯学部に合格したんです。自分の中では行く気はなかったんですけど、周りからは「医学部は諦めたら?」と言われました。かなり悩んだんですが、最終的には、妥協して今後ずっと後悔するくらいなら、今しんどくても頑張ったほうがいいと思い、4浪目に進むことに決めました。

頑張ることにしたんですね。志望校の変遷を教えてもらえますか?

現役までは国公立志望だったんですけど、1浪目からはずっと関西4私大(大阪医科大学、関西医科大学、兵庫医科大学、近畿大学)を受けていました。その中で特に行きたかったのは大阪医科大学と関西医科大学でしたね。特に大阪医科大学は、僕が通っていた中高一貫校の近くにあったので、身近で憧れを持っていました。その中で唯一合格をもらえたのが、今通っている近畿大学です。

なるほど。4浪目の受験について詳しく教えてもらえますか?

まず1次試験で関西医科大学と近畿大学に合格しました。2次試験は、メディカルラボで面接の対策をしてもらって、両大学ともに無難に受験当日を終えました。正直2次試験はあまり差がつかないらしくて、よっぽどヘマをしない限り、1次試験の成績順に合格が決まると言われていました。関西医科大学は結果落ちてしまいましたが、1次試験の手応えが良かった近畿大学は合格しました。

合格が決まった瞬間、どうでしたか?

「やっと行けるとこが出てきた!」と思いましたね(笑)。解放感を覚えました。ただ家族で合格を知ったのは僕が最後だったらしく、祖父母が最初に合格を知って、その後両親、最後に僕でした(笑)。母親は僕よりも安心していた様子でしたね。受験期も僕よりも緊張感を持っていたので、安心させられて良かったです。

ご家族の支えは力になりましたか?

もちろんです。まず4年も浪人させてもらえたので、感謝してもしきれません。4浪目は、家でなまけてしまう時に母に発破をかけてもらっていました(笑)。メディカルラボで数学と理科、家で国語と社会を勉強する習慣があったんですが、母親は家で僕の勉強を管理してくれていました。理系科目はメディカルラボ、文系科目は母親担当でしたね(笑)。


いい話ですね。4年間の浪人生活で一番つらかったのはいつですか?

2浪目に大きなスランプがきました。その時が一番つらかったですね。最初にお話した通り、最初の2年は駿台に通っていました。1浪目は集団授業に個別と監視付きの自習室がセットでついているコースに通っていたんですけど、ストレスもすごくかかっていたので、2浪目のタイミングでコースを辞めたんです。

その解放感で2浪目はあまり勉強できなくて、予備校にいるよりも校舎横の公園にいる時間のほうが長くなりました。親にも毎日怒られ、できない自分が嫌で、毎日本当につらかったです。結局駿台も行かなくなり、図書館や別の塾に短期で通ってみたり、色んな方法を模索して、再び勉強習慣を取り戻すようになりました。

最後の受験生へのメッセージをお願いします。

4年も浪人している僕が言うので説得力があると思うんですけど、諦めないでやり続けてください。最後には必ず結果がついてきます。みなさんの受験勉強を応援しています!

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