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一度は諦めた医学部進学への夢…編入試験を活用して医大生に!

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東海大学 医学部4年生 E.Kさん
医学部受験3浪を経て関西大学に進学
3年間通った後に再受験し、東海大学医学部に編入

浪人して当たり前とも言われる医学部受験。浪人中は医学部合格に向かって毎日根気強く勉強をし続ける必要があるため、現役受験以上の苦労を感じる受験生も多いのだとか。
今回の「合格ストーリー」では、3浪を経て関西大学に入学後、東海大学へ編入という経歴を持つE.Kさんにお話しを伺いました。現在4年生のE.Kさんは、一度は医学部への進学を諦めたものの、患者と接したいという強い気持ちを捨て切れず、再び医学部を目指し始めました。彼が再起し合格を果たすまでには、どのようなストーリーがあったのでしょうか?

医学部を目指したきっかけはなんでしたか?

高校2年生の時に、友人が通学途中に交通事故に遭ったことが一番大きな理由です。彼はこの事故によって記憶障害を起こしたので、ずっと一緒に頑張ってきた吹奏楽部での活動も辞めざるを得ませんでした。見た目は変わっていないのに、自分のことや周りの友達のことを全く覚えておらず、話が通じない姿にとてもショックを受けたことを覚えています。そこから半年くらいかけて少しずつ記憶を取り戻し、浪人などを経て進学した現在は社会人として働いています。彼の場合は子供の頃の記憶以外の何もかもを忘れてしまっていましたが、当時の自分なりに勉強してみると、記憶障害にもいろいろなパターンがあることが分かりました。


ではその時に初めて、医学部を目指し始めたんですね。

それまでは部活1本の生活でした。勉強はあまりやっていなかったので、いざ医学部を目指すと決めたのはいいものの、どう勉強し始めたらいいのか分からなくて…。高校が進学校だったため、医学部志望の友人は初めから医学部進学を目標に高校に入学していましたが、私の場合は急に決めたこともあり、先生達もピンときていない様子でしたね。

私の地元の山形には大手の予備校がなかったので、地元資本の予備校に通いながら、教科書を中心とした受験勉強を始めました。

受験勉強を始めた頃の学力はどうでしたか?

高校3年生の春で、偏差値が57近くでした。周りよりもスタートが遅かったこともあり、医学部志望の人たちのペースに合わず差が開いていましたし、現役時代はあまり成績が伸びなかったです。

浪人が決まった後、勉強方法は変化しましたか?

山形にはなかった大手予備校を求めて、仙台で1人暮らしを始めました。駿台か河合塾か代々木ゼミナール(代ゼミ)で迷っていたのですが、「医学部コースに入学していいよ」と親から言われたのが駿台と代ゼミだったので、両方を一通り見学して、学費などを考慮した上で駿台を選びました。

浪人中は、朝8時から夜7時頃まで駿台で授業と自習、帰宅してからは9時から就寝前の夜1時近くまで自習するという勉強漬けの毎日でした。自習に使用していたのは、駿台で渡されたテキストのみです。

医学部に進学する前に一度関西大学に入学していますが、これはなぜですか?

医学部を目指して浪人していましたが、どうしても実力が伴わず合格できず、親からも「今年で浪人は最後の年にしてほしい。そしてどこでもいいから医学部以外の私大を1校受けてほしい」と言われていました。この時点で3浪目でしたが、私はそんな考えがなかったので願書も何も用意しておらず、慌てて向かった書店で関西大学の願書が売られていたんです。パンフレットの中で、自分も興味があり尚且つ医学部にも関係のあるような研究ができる学科を見つけたので、「もしも医学部がだめだったらここに行こう」と受験しました。結果的には医学部には受からず、関西大学には合格したので、進学を決めました。

関西大学での学生生活はどうでしたか?

医療系の研究に進もうと勉強していたのですが、とても面白い大学でした。まず、自分の育ってきた東北とは全くかけ離れた関西という土地としてのに大きな違いがありましたし、自分の性格的にも関西的なノリが合っているなと思いました。

ですが、どれだけ医学部に近い道で医学の研究をしていても医師になることは叶わないですし、研究によっては医師の協力が必要となるものもあります。それなら「自分が医師になって研究した方が早いのでは」「患者さんを相手に医師として働きたい」という気持ちが、医師と関わる中で募るようなりました。元々医学部志望だったということもあり、このギャップは大きかったです。何より、もっと患者さんと関わりたいという想いが強かったですね。


その後、再受験をされていますが、かなり大きな決断だったのでは?

すごく悩みました。大学やアルバイトから帰宅してからの受験勉強なので、時間が圧倒的に足りないだけでなく、1人暮らしなので家事の時間も必要でした。ご飯は学食で済ませていたので食事を作る手間はなかったですが、住んでいる環境も違ったり、大変な面が多かったですし、上手に時間を使うことができなかったです。周りは受験をする必要がない人たちだったので、遊びの誘いも結構断りましたね。

両親に再受験について話した時も、最初は反対されました。「やっと入った大学なのに」という気持ちがあったようです。私は医者の家系ではなく両親共に公務員だったので、教員になる道も勧められました。そのまま卒業をすれば公務員試験をギリギリで受けられる年齢だったため、冒険はせずに大学を卒業して、安定した進路を進んでほしかったんだと思います。

ですが、医師になりたい理由などを電話で話し、夏の長期休暇で帰省した時にも根気強く話し合いを続けて、「そこまで言うなら最後の1回だけ挑戦していい。それでだめなら諦めてくれ」となんとか許可をもらいました。そこから覚悟を決めて、改めて勉強するようになったんです。私が元々医学部志望で3浪していたことを大学の友達も知っていたので、再受験の話をした時はみんな応援してくれました。

再受験に向けてはどのようなスケジュールで勉強していたんですか?

大学で単位を落とすといけないので、大学の受験についていくことを大前提としていましたが、受験勉強の時間をゼロにしないように毎日取り組みました。例えば、疲れていたり、レポートに夜遅くまで時間がかかったとしても、英単語を10分やったり、数学を1題だけでも解くといった感じで、絶対に何かしらの勉強はしていましたね。これが私の中での絶対的ルールでした。主な勉強方法は、代々木ゼミナールの映像授業で、大学が終わった後の自由な時間に映像を観て勉強していました。日曜は少なくとも半日は自由時間をと決めていて、息抜きをする日として使っていましたね。せっかく関西にいるので、大阪で遊んだり京都に行ったり…浪人の時よりも全体的な勉強時間は減っていたと思います。

東海大学に編入を決めたきっかけは何だったんですか?

母が東海大学の編入学の情報を見つけてくれたのがきっかけでした。4月に出願、5月に試験だったので、一般教養が終わった状態からの入学です。私は一般入試の勉強しかしてこなかったので「受けてもお金の無駄だよ」と言ったのですが、母から「何でもいいから受けられるものは受けろ」と言われて受けたところ、合格することができました。それまで一般入試の勉強を山ほどしましたが、結局は英語以外の科目は使いませんでした(笑)。多くの大学が編入生を受け入れていますが、その中でも東海大学は枠が大きい方だと思います。

ありがとうございます。では最後に、受験生にアドバイスをお願いします。

浪人中、自分の目標が達成できない時に「自分が今勉強していることは将来何の役に立つんだろう」と思ったり、自分が惨めに思えてしまうことが多かったです。ですが、自分の夢に向かって頑張る時間があるのは本当に素敵なことです。そうやって頑張ることは何も惨めなことではありません。

私が医学部に入って気付いたのは、思いっきり勉強した経験や自分を追い込んだ経験のある人は、今後も自分と向き合えるということです。全てが将来のためだと思って、なんとか受験を乗り越えてほしいです!


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