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再受験で医学部合格! “魔の二次試験”の突破の鍵を握る面接力とは?

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北里大学医学部1年生 H.Tさん
3年の浪人の末一般合格

どうして、自分は医学部を目指すのか。受験生活の不安とどのように向き合うのか。見事、合格を勝ち取った現役医大生に、医学部への思いや不安との向き合い方を聞き、合格までの軌跡を辿る連載シリーズ「合格ストーリー」。今回お話を伺ったのは、一度大学に入るも、医学部受験を諦めきれず再度挑戦し、3年間の浪人を経て24歳で合格を果たしたH.Tさん。順調に成績を伸ばすも、幾度となく二次試験に阻まれてきたHさん。どう乗り越えてきたのか、お話を聞いてきました!

医学部を目指したきっかけを教えてください。

元々漠然と医学部に興味を持っていました。でも高校時代は部活の吹奏楽に打ち込んでいて、医学部を目指すための勉強をしておらず、そこまで成績も良くなかったんです。そのまま卒業し、とりあえず大学には行こうということで、別の大学の歯学部に入りました。

入学後歯学部の勉強を進めていくうちに、専門にあまり興味が持てないことが分かり、医学部を本格的に目指すことを考え始めました。また、同じタイミングで、親友が交通事故で亡くなったんです。命の尊さを痛感し、医者になって人の命を救いたいと強く思いました。その直後に大学を辞めて、本格的に受験勉強を始めました。


受験を始めた時の偏差値はどのくらいだったんですか?

全教科50くらいでした。高校時代にそこまで熱心に勉強していたわけでもなく、また3年間大学に通っていたので、受験に必要な知識はすっかり抜けていましたね。勉強を本格化するにあたって、1浪目が始まったタイミングで予備校に通い始めたんです。

3年間の受験期間、ずっと同じ予備校に通われていたんですか?

いいえ。最初の2年間は渋谷の医学部専門予備校に通っていて、3年目は同じく医学部専門のメディカルラボに変えました。最初の2年間は、筆記の成績はぐんぐん伸びたんですが、二次試験が苦手だったので面接や小論文の対策が手厚いメディカルラボに変更しましたね。

1,2浪目について教えてください。それぞれどのくらい成績は伸びましたか?

1年目で既に志望校のうち3つは一次試験で合格するくらいには達しました。偏差値は60を超えたくらいだったと思います。でも結局二次試験で全部落ちてしまい、2浪目に突入します。同じペースで勉強を続け、さらにテストの点数は伸び、2浪目の受験では10校の大学の一次試験を突破したんですが、結局全部二次試験で落ちてしまったんです。3年目でメディカルラボに変えたのも、この経験が一番の理由ですね。二次が苦手すぎました。

10校落ちたのはショックですね…。3年目はスパッと切り替えられましたか?

実はメディカルラボに通い始めたのは3浪目の秋で、それまではショックで勉強ができなくなり、実家に帰っていました。その期間は、一切勉強していませんでしたね。もう受験も諦めようかとも思っていました。しかし、ちょうどその時期に医学部受験で色々な騒ぎがあり、受験事情が変わって「今年はいけるかも!」とポジティブに思えたんです。そして、10月に受験勉強を再開しました。

3浪目に半年以上勉強してなかったということで、かなり成績は下がったんじゃないですか?

僕もそう思っていたんですけど、復帰してすぐの模試で思ったより点数が取れたんです。志望校欄に書いた大学は全部B判定以上で、理科に関しては、満点を狙えるくらいでした。2年目まで必死に筆記の点数を上げておいたのが功を奏したんです。筆記は十分力はついていたので、3浪目の10月からの数ヶ月間は、メディカルラボでひたすら二次試験対策に勤しんでいました。筆記は現状維持できるくらいの勉強に留めていたと思います。


すごい…!二次試験の対策はどのようなことをされたんですか?

面接と小論文が二次試験で必要だったんですが、まず面接は、ひたすら実践練習に付き合ってもらいましたね。

今までは「受かりたい!」という気持ちを前面に出すせいで、面接官に少しでも「こいつ違うな…」って思われるのをずっと恐れていました。そのせいか、事前に用意した回答をそのまま読み上げるように話していたのです。先生にそのことを指摘され、自分の気持ちを自分の言葉でそのまま伝えるようなスタイルに変更し、ひたすら練習をこなすことにしたんです。先生曰く、多浪生と一般の受験生では、面接で評価される回答が異なるということでした。多浪生はいずれ学部を引っ張っていく存在になってほしいと思われる場合が多いらしく、一般受験生に向けた面接本のセリフをそのまま読んでいてもそりゃ落とされますよね(笑)。

なるほど。本番の面接ではどんなことをお話しされたんですか?

面接では、医学部を目指した理由を聞かれ、先ほどお話した親友の死について話しました。また自己PRでは、「医者になりたい気持ちは誰にも負けない。6年間目的意識を強く持ち行動できる自信がある」と話していたと記憶しています。

高校時代に熱中していた吹奏楽の話もしましたね。けっこう強い部活だったんです。朝練や夜練もみっちりあって、自分で練習する時間は限られていました。また僕の担当楽器はバスクラネットで、楽器に触れられる時間も少なかったんです。なので、自分で楽器を使わずに能力を上げる方法を見出し、実践していました。移動時間で暗譜をしたり、音源を聴きこんで手の動きだけを反復練習したり。こういう効率性を意識してできることを徹底してやり込んだ経験は面接官に評価された気がします。

面接で浪人時代の勉強については聞かれましたか?

苦手だった英語を浪人の1、2年目で克服した話の反応が良かった気がします。ずっと英語が苦手で、英単語が全く覚えられなかったんです。でも受験に英語は必須で、向き合わないといけませんでした。そこで始めたのが「前置詞勉強法」です。前置詞の全容を掴めば、単語が分からずとも英文が「なんとなく」理解できるという勉強法です。本番は時間が限られているし、読むべき英文が長いという状況で、一つひとつの単語の意味を理解するのではなく、文中の前置詞に着目して、文意をざっくり理解するという方法は、英語が苦手で効率性を求める僕にはものすごく合っていました。

医学部は入学後、様々な分野を勉強することになり、その中には必ず苦手なものが出てきます。それもあって、「苦手に対する自分なりの向き合い方」の話が高評価だったんだと思います。

苦手な面接が、最後には上手くいったんですね。小論文の対策はどんなことをされてましたか?

面接と同じく、小論文も対策本通りに「王道」をそのまま書くという方法をそれまではとっていて、あまり高得点が取れていませんでした。それに対して、先生は「あまり型にハマらないで、自分の体で書くように」とアドバイスしてくれて、それ以降、今までの王道スタイルは捨てて、先生のアドバイスに従いつつとにかく数をこなしましたね。

小論文で聞かれる問題はだいたい「題名をつけなさい」「要約しなさい」「自分の意見を述べなさい」の3つのうちのどれかなんです。これらを満遍なく練習しました。本番の受験ではこの3つが同時に出たので、対策をしていて良かったと思います。

3浪目は勉強のスタートが遅れたとはいえ、これだけ二次対策をしていたら合格するのも頷けます…。

メディカルラボによる徹底した面接と小論文の対策のおかげで、3度目の受験はすんなり合格できました(笑)。

本当に良かったですね。3年間の受験期間、精神的な辛さもあったと思います。どのように気持ちを保っていましたか?

メディカルラボには担任制度があるんですけど、担任の言葉には支えられましたね。3浪目は特になんですけど、半年勉強できないくらいに落ち込んでいて、受験勉強を再開した後も何回か精神的に病んでしまった時がありました。1浪目2浪目でどんどん周りは受かっていくし、自分だけ取り残されていく感覚があったんです。自信も失っていました。もう無理なんじゃないか、と。

そんな時に担任は諦めずに「今はHくんに風が吹いている。力さえ発揮したら余裕だよ」とポジティブな言葉をずっと投げかけてくださいました。その言葉のおかげで頑張り抜くことができました。先生方には今でも感謝していますね。


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