合格ストーリー 合格ストーリー

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浪人で一発逆転!集中できる環境を作ってくれた予備校のサポート

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昭和大学1年生 N.Rさん
一浪を経て合格

受験生活中はそれまで楽しんでいた娯楽から離れて、勉強に没頭しているという受験生も多いのでは。今回の「合格ストーリー」でご紹介するN.Rさんもその内の1人でした。現役時代は勉強していなかったというN.Rさんは、1浪中に自らを勉強に没頭できる環境に追い込むことで、昭和大学に見事合格しました。理科の偏差値が30台からスタートしたという彼の受験勉強。浪人1年目で大幅に学力が伸ばすことのできた理由とは何だったのでしょうか?

医学部を目指すようになったのはいつ頃ですか?

父が医師で、その後を継ぎたいと思っているので、医学部を受けることは昔から決めていましたが、本格的に医学部に向けた勉強を始めたのは浪人してからです。現役時代はあまり熱心には勉強していませんでした。

現役時代の成績はどれくらいだったんですか?

3年生の夏の駿台模試の偏差値は、数学が50前後、理科に至っては30台でした。私の高校は自由な校風で全く厳しくなかったので、周りには「進級できればいいや」くらいの考えの人もいましたし、私自身も勉強は後回しにするタイプだったんです。予備校には通っていましたが、部活やゲームなどで遊ぶことに時間を費やしていましたね。大学受験に関してはぼんやりとは考えていたものの、成績が成績だったので、周りからも「医学部に行きたいと言いながら勉強をしない人」みたいな扱いでネタにされていました(笑)。現役時代も浪人時代も医学部以外は受けていませんが、現役時代は受かるとは思わなかったです。


浪人生活はどのようにスタートしましたか?

何から手をつけていいか分からなかったので、基礎を教えてくれるところを探しました。現役時代は駿台に通っていましたが、同じ環境にいては変わらないと思い、別の塾に通うことにしたんです。そこで、個別指導で医学部専門予備校ということで親から紹介されたメディカルラボを選びました。メディカルラボの入塾の際の確認テストで、受験後の学力を測定しましたが、講師の方から「英語やばいね」と言われました(笑)。

メディカルラボではどんな勉強法を?

メディカルラボに通う浪人生は本科生と単科生に分かれるんですが、全教科を選択している本科生は朝の9時から夜の9時半まで校舎内で勉強をするようスケジュールが組まれています。そのため、毎日みっちりと朝から夜まで勉強しました。

Nさんが実際に使っていた勉強ノート

とにかく基礎を一から勉強することから始めたのですが、苦手だった英語は、長文ではなく一文一文を見てSVOCのどの構造から成り立っているかなどを判別するところから始まりました。単語・熟語は一からやっていては間に合わないので自主学習でやりなさいと指示されましたね。単語帳を渡してくれて、小テストも作ってもらえるので、単語の勉強はそれで補いました。

数学は、前期はまるまる黄チャートを解いて過ごしました。青チャートをやる人もいますが、自分の中では黄チャートを完璧にこなせば事足りる、上のレベルに無理に手を出さずに最低限のレベルを頑張ろう、という考えだったので…。

物理は、メディカルラボではエッセンスから始める予定でしたが、私が既に現役の時にエッセンスを使っていたので「良問の風」からスタートしました。実戦に対応するために、1年間ひたすら問題を解きました。

化学は、まずは理論・無機・有機の順で、最初はセミナーに沿いながら一周。その後に問題を解くようになり、高校1年生の化学基礎からおさらいしました。個別指導なので、どの授業も集団授業よりかは集中できたと思います。


入塾後、学力が上がった手応えはありましたか?

現役時代は私立大学のみを受験していたので、卒業式の前から浪人が決まっていました。なので、他の浪人生に比べて勉強のスタートが数週間早く、4月の模試の段階で偏差値がそれなりに出ました。このとき、勉強したら偏差値が上がるんだということを実感できて、楽しくなりましたね。具体的な数字で言うと、2月末の入塾の時は114点くらいだった英語が、4月の河合のマーク模試では162点まで伸びていました。それまでは単語にしか注目していなかったので、英文に焦点を当てた授業を受けることで見方が変わり、気付けば長文が読めるようになっていたんです。また、講師の方も褒めてくれるので頑張れたというのもあります。ですが、医学部合格が甘くないことは分かっていたので、「このまま続ければ医学部に入れる」とは考えていなかったです。

最終的には、数学の偏差値は70台にまで上がり、メディカルラボの歯学部模試では80という高偏差値が出ました。英語は60前後で、物理は得意な記述が70と高く、苦手なマークは全然だめでしたね。化学は62くらいでした。

先生方からもらったアドバイスで印象に残っているものは?

4月から小論の面接の対策があったのですが、先生から「学科ができてこその面接なんだから、そこは怠るな」と言われました。元々小論が得意だったから言われたのかもしれないですが…。

浪人時代の受験はどうでしたか?

入試が始まる直前、1月の20日を過ぎても「本当に受かるのかな」「受かったとしても、志望校の下の方に引っかかる程度だろう」という気持ちでした。やっぱり、高い倍率を見ていると怖くなってしまうんです。

昭和大学、北里大学、東京医科大学、日本医科大学、順天堂大学、杏林大学、日本大学など7〜8校を受けたので、1次・2次を含めると2月は丸々試験漬けの毎日でした。昭和の1期が最初の入試だったんですが、得意なはずの数学で計算ミスをしてしまい30〜40点ほど減点となってしまいました。同じく北里大学も全然解けずに悩みましたが、1次を通過したことで自信が生まれて、受験の間のモチベーションの維持に繋がりました。このことがあって、昭和大学の後期試験が行われる3月上旬までやる気は続き、講師の方からも「後期は辛くなったり諦めたりする生徒も多いけど、頑張ってて偉い」と褒められました。

合格までの間、どんなことを辛いと感じましたか?

個別指導ということもあり、話し相手がいなかったのが辛かったですね。単科生に同じ高校の男子がいましたが、週1回会って話す程度だったので…。あとはみんな、顔と名前を知っている程度でした。

浪人中、周囲のサポートはどうでしたか?

過去問に取り掛かるタイミングなどは全て先生方によるスケジュールに従っていたので、自分で考える必要がなく、勉強に集中できましたね。医学部の説明会などに出席しなくても受付の担任の方から情報をもらえましたし、願書の取り寄せもやってくれました。あと、自分がスマホばかり見て集中できないと伝えると、塾にいる間はスマホを預かってくれたので、より勉強に集中できる環境をつくってもらえたと思います。

メディカルラボのスタッフから受験前にもらったメッセージ

最後に、受験生にアドバイスをお願いします。

よく言われていることですが、自分が遊んでいる間にも勉強している人はいます。ゲームなどの余興をしていては、医学部には受からないと思った方がいいですね。それが難しければ、自分を囲んでくれる環境に追い込んででも勉強するべきだと思います。受験にかかる費用も安いわけではないので、早く終えられるに越したことはないですからね。


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