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苦手意識に苦しんだ受験生活…大切なのは“つまずく前”の対策

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日本医科大学3年生 M.Eさん
一浪を経て合格

難化の一途を辿る医学部受験。無事に合格を果たした現役医大生の中にも、辛い浪人生活を乗り切った生徒達が多数存在します。
今回の「合格ストーリー」では、一浪を経て日本医科大学へと進学したM.Eさんにお話を伺いました。現在3年生のM.Eさんは、現役合格できなかった理由を「勉強不足だった」と振り返ります。現役よりも成績が伸びづらいと言われている浪人中、彼女はどのようにして学力を伸ばしたのでしょうか? 苦手科目への対策法を交えながらご紹介します。

医学部を目指したきっかけはなんでしたか?

医学部に行こうと決めたのは高校1年生の、文系と理系が分かれる時期でした。私の通っていた高校はハイレベルな進学校で、学力の高い人たちが多かったんです。みんな将来のことを考えて難関大学を目指していましたし、「その先のことはまた追々考えて、できるだけレベルの高い大学に入ろう」という雰囲気でした。

そうした環境のなか、私は物理が苦手ということもあり、生物系の道に進むことを考えていて、その先に浮かんだのが医者という道でした。食べることが好きなので、農学部系で食物について学ぼうかなとも考えたのですが、現実的に自分の学びたいことを考えた結果、医学部への進学を目指すことを決めました。

もう一つ医者を目指す背景としては、子供の頃、母と兄が喘息を持っていて、度々一緒に病院に行っていた経験もあります。兄は小児喘息だったので現在は治っていますが、その当時、発作が起きて吸引をしている姿を目にしていました。苦しんでいる人を救おうとする医者の姿を見ていたことで、医学部という選択に繋がりました。

医学部を目指すにあたって、塾などには通っていましたか?

塾自体には中学1年生の頃から通っていて、英語は平岡塾、数学は鉄緑会で勉強していました。高校生から浪人中までは駿台で、高校1年生・2年生では週3回、3年生では週4回通っていました。校舎は、医学部専門の市谷校舎です。

高校時代の勉強はどのように行いましたか?

予備校は高校よりも進度が早かったので、そちらを中心に勉強していました。予備校の勉強をしていたらその後からやる学校の勉強は解けるので、普段は予備校、試験前は学校の勉強、といった感じでした。

とにかく家が遠かったので、通学だけでもかなり時間を取られました。帰宅してからの時間は、食事以外は勉強に当てないと、という意識が強かったです。週3回塾に行くと、自習のできる時間は週4日なので、そこで宿題と予習・復習をしなければいけませんでした。遊んだりテレビを観たりはあまりせずに、やることを黙々と終わらせていると気付けば夜の1時を過ぎているというようなこともありました。

現役時の受験を振り返ってみて、足りなかったと思うところはありますか?

勉強不足だった、の一言に尽きますね。勉強量が圧倒的に足りなかったです。「問題を見て分かるのと、自分で一から解けるのとは別物」ということを痛感しました。解説を読んでいると解けるような気がするんですが、いざ真っ白な回答用紙に解けと言われると解けないんです。練習ではそれでも通用しますが、本番で回答用紙を目の前にすると全く解けませんでした。

このことを踏まえて、一から自分で白い紙に解くことを意識するようになりました。特に生物は科目の傾向的に記述問題が多く、この要素を書いておけば正解というような決まった回答があります。現役時代は抽象的な答えしか書けなかったので、そのテンプレをひたすら覚えて、しっかりと点数化できる記述法を学びました。

また、予備校の夏期講習では問題演習が中心で、その時に先生が「ここはこういう風に書かないと点数はもらえないよ」と解説していたので、直接先生に答案を持っていって添削してもらったりもしました。

苦手科目だという数学はどう克服しましたか?

駿台の数学のテキストは難易度が高めの問題が多かったので、青チャートからやり直して、1問でいろんなことを吸収するようにひたすら演習を重ねました。様々な分野が融合している問題に関しては、いきなりその解き方を覚えても身に付かないので、一分野ずつをスラスラ解けるように、順序も考えていましたね。知識に関しては曖昧なところをなくすように、基礎学力を満遍なく勉強しました。割合的には数学に重点を置いて、他の科目の1.5〜2倍は数学に時間を割いていたと思います。

受験する大学は現役時代と浪人時代で変化しましたか?

レベルが上がるごとに学費が下がるので、できるだけ上の方で、尚且つ家から通える範囲の大学ということで、現役時代は、日本医科大学、東京医科歯科大学、東京慈恵医科大学、慶應義塾大学を受験しました。浪人時代も受験した数はほぼ同じです。

センターは80%後半くらいで9割を切っていて、東京医科歯科大学には合格できませんでした。このパーセンテージでは後期は難しそうだなと思いましたが、その時既に日本医科大学の合格が決まっていたので、「まぁ良いかな」と後期は出願しませんでした。

浪人時代の受験では現役時代よりも手応えを感じましたか?

現役時代より数学ができるようになりましたね。大門数が3〜4題くらいなので、1題解けないとかなり点数に響くのですが、大門1題を最後まで解けなくても、4問中3門まで解けるようになっていました。この現役時代との大きな違いが結果に繋がったのだと思います。

受験生活中、大変だったことはありますか?

勉強量と模試の結果や成績は比例しないので、自分ではやっているつもりでも、やっぱり浪人中は成績が伸びづらかったです。「こんなに毎日勉強しているのに…」という気持ちになり、落ち込んだ時期もありました。ただ、自分なりに分析してみると、分野にしても何にしても、自分の好きなことをやりがちだということに気がつきました。得意な分野は解けるのでストレスなく勉強を続けられるし、問題集のページも順調に進みます。ですが、苦手な分野だと詰まってしまい、解けない・進まないという悪循環が嫌で避けてしまうんです。こういうところがいけなかったなと今では思います。

範囲が指定されていればその範囲内のことを勉強しようとするものの、浪人の場合はそうではないので、苦手分野は自分がやろうと決めない限り、勉強するきっかけは生まれません。そのため、一度簡単な問題まで戻り、自分がどこまでできているのか、どこからできていないのか、公式が曖昧なのか、使いこなせていないのかを確認し、複雑な計算が解けていないなど、つまずいている場所を順番に見つけていくようにしました。

なるほど。では具体的に、もっとこうしておけば良かったと思うことはありますか?

高校から数Ⅲが始まったんですが、数Ⅱを進めつつの授業だったので、数学の時間が格段に増えました。数Ⅱをやりつつ数Ⅲという新しい分野を進める、ということに上手く対応できなかった私はスタートでつまずき、数Ⅲがずっと苦手になってしまったんです。この時に、もっと数Ⅲに時間を使っておけば…と振り返ってみると思います。当時は解ける数Ⅱをどんどん解いて、数Ⅲは見て見ぬ振り状態だったので、演習量が圧倒的に不足していました。最初の段階で苦手意識を持たないように、時間を取ってじっくりやれば良かったですね。

ありがとうございます。では最後に、受験生にアドバイスをお願いします。

よく言われているように、確かに浪人中は成績が伸びづらいです。ですが、自分の苦手分野を徹底的に分析すれば、必ず解決策が生まれます。私の場合は既に苦手意識を持ってしまってからのスタートでしたが、そうなる前に対策できれば、受験勉強がもっとスムーズに進められるはず。苦手分野があっても、諦めないでしっかり向き合うようにするといいと思います。

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